UMEDA SHOTEN

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2022.01.23

ばかものよ

皆さんは好きな詩人や詩ってありますか?

言うほど私も詩に対して造詣が

深いわけではないのですが、

今日はその中から「 茨木 のり子 」さんを

ご紹介をしたいと思います。

もしかしたら学生時代に教科書などで

目にされた方も多いかと思いますが、

彼女は大正元年生まれ

私の祖父母とちょうど同世代という

部分にも興味を惹かれました。

彼女の詩のいくつかを

読みだすきっかけになったのは

「 自分の感受性くらい 」

という詩に出会ったからです。

私自身も感受性というものに対しては

特別な受け取り方があります。

人間が人間たる所以、

その根本は感受性にこそ詰まっていると

考えているくらいなので、この詩には

とてもとても揺さぶられました。

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

陳腐な言葉でごめんなさい。

何回読んでもかっこいいです。

人や時代のせいにすんなよ

下手くそなのはぜーんぶ自分

自分の志や尊厳くらい自分で守れや

意訳すればこんな感じ。

くすぶっている全ての老若男女に

この詩をぶつけてやりたい衝動にかられます。

彼女らしさが詰まっているなと思う詩や言葉、

私の価値観と近く共鳴したものを

いくつか紹介して終わりにいたします。

わたしが一番きれいだったとき

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがらと崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

生前に準備していた自筆の死亡通知

弔慰の品はお花を含め、

一切お送り下さいませんように。

返送の無礼を重ねるだけと存じますので。

あの人も逝ったかと一瞬、

たったの一瞬思い出して下されば

それで十分でございます。

「 死こそ常態、生はいとしき蜃気楼 」

か、かっこよ…