今週、目に留まった言葉
「 自由というのは、
恐怖心がないってことらしいよ。」
しばし、考えさせられました。
なるほど。
逆に言えば、何においても
恐怖に付きまとわれたり、
苛まれるような状態では自由だと言えない。
うーむ、make sense だ。
納得いきます。
恐怖によって自分の選択や行動が
縛られる事象を大別したら、
こんな感じではないでしょうか。
・嫌われたくないから、人に合わせる
・失敗したくないから、挑戦しない
・お金を減らしたくないから、我慢をする
・失いたくないから、執着する
・将来が不安だから、今を生きられない
怖いです、たしかに怖いと思います。
そして、以上のような状態は
間違いなく自由ではないですよね。
そのうえで自由とは、
自分の選択に責任を持つこと
だと考えます。
なので
「 今日からあなたは自由です!
はい、フリーダム! 好きに生きろ!」
と、この世界の荒波に急に放り出されても
多くの人があわわわわ。。
で、逆に
「自由、こわい。。」
そう呟きながら、そそくさと
元の不自由ワールドに戻り
元の恐怖心たちとひっそりやり過ごす。
まあ、これは言い過ぎましたね。
自分の人生を振り返り、
ではいったいどんな瞬間に
自分が「 自由 」であったのかを、
少し思い返してみました。
そして、それは複雑なものではなく
とてもシンプルでした。
分かりやすい例は子供時代。
子供の頃は
学校に行く → 給食楽しみ →
昼休みはドッジボール → 帰ったらおやつ →
日が暮れるまで公園で野球 → 夜はTVでアニメ。
休日はみんなでファミコン。
これだけ。
ほとんどこれだけ。
すんげー自由。
間違いなくその時は
今を生きていた。
大人になったら、複雑怪奇な
あれやこれやに絡めとられて
なかなかこんなシンプルには
生きられないのですが。
そんな中でもひとつ言えるのが、
恐怖なんて克服しなくてもよい。
できないだろうし。
怖いんだけれども、
それでも自分の選択に対して
自分で責任を持つと決めた時。
そうなったらその時あなたは
自由だと言えるかもしれない。
自由が怖いのか、怖くないのんか。
もちろん全ては up to you 。

なに、気持ちの良い10月始まりになったからって哲学チックに語っとんねや。